ガートナーのハイプ・サイクルは、イノベーションが市場に登場し、普及・成熟するまでの過程を図示したものです。本記事では、ハイプ・サイクルの5つのフェーズや、企業や組織が適切なタイミングでイノベーションを採用するための活用方法について解説します。また、戦略的な意思決定を強化する重要度マトリクスや、テクノロジ・プロダクト戦略への応用例についてもご紹介。企業や組織がテクノロジ・トレンドを適切に評価し、競争優位性を高めるための指針としてご活用ください。
新たなイノベーションやテクノロジがもたらす戦略的メリット、競争優位性、オペレーション効率化を確実に手に入れるために、CIOはそれらがどう進化しているかを理解し、採用計画を立てる必要があります。ハイプ・サイクルは、新たなイノベーションやテクノロジを巡る情報過多を整理し、採用計画に役立つ実用的な知見を提供できるよう作成されています。
ガートナーでは、年間130以上のハイプ・サイクルが発表され、テクノロジ領域だけでなく、業種、職務、地域のトレンドなど、さまざまなセグメントにおける1,900以上のイノベーションの成熟度と潜在的な可能性を追跡するのにお役立ていただけます。
ガートナーのハイプ・サイクルとは、イノベーションが登場してからメインストリームに至るまでの「成熟度」「妥当性」「採用率」を図示したものです。あらゆるイノベーションが登場する際に共通して起こるパターンを一つの図に示しており、多くの場合、イノベーションは過度にもてはやされる期間を経たのちに幻滅期を迎え、最終的には特定の市場や分野でその重要性や役割が理解される段階を踏みながら進化していきます。
企業や組織は、イノベーションを「いつ」採用に踏み切るべきか、また採用によって「どのようなメリット」が期待できるかを判断する必要があります。そのための材料として、自社や自組織のテクノロジ・ロードマップを策定する際の主要なインプットとしてハイプ・サイクルを活用できます。
ハイプ・サイクルを利用すれば、企業や組織は時間とリソースを「適切なイノベーション」に「適切な時期」に投下できるため、許容可能なリスクを維持しつつ価値を最大化できます。
ハイプ・サイクルは、特定のセグメント(テクノロジ分野やビジネス市場など)における市場の拡大・成熟度・イノベーションの貢献度を定点観測的に提示するものです。
ガートナーでは、ハイプ・サイクル上に位置付けられる個々の項目を「イノベーション・プロファイル」と呼んでいます。各イノベーションは、ハイプ・サイクル図上の「位置付け」で示されます。
イノベーションには、特定のテクノロジだけでなく、方法論や戦略、運用・利用モデル、管理技法や標準、コンピテンシ、機能といった広義のトレンドや概念も含まれます。
ハイプ・サイクルの図には、次の2つの軸が示されます。
1. 時間(横軸)
イノベーションは時間の経過とともに各段階を経て進化していきます。多くのハイプ・サイクルは、ある時点におけるイノベーション群の相対的な位置を「定点観測的」に示しています。
2. 期待度(縦軸)
イノベーションへの期待は、進化に伴って急上昇し、その後低下します。期待度は「イノベーションがもたらす(または確認されている)価値」を市場がどのように評価するかによって変動します。こうした期待度を際立たせる要因としては、イノベーションを採用する可能性のある企業や、すでに採用した企業における心理の変化、ならびに投資意思決定に伴う外部・内部の圧力の変化などが挙げられます。
イノベーションは通常、生産性の安定期に至るまで、5つのフェーズを経て進化していきます。
フェーズ1(黎明期)
最初のブレークスルーによって、初期の概念実証(PoC)事例が話題になります。たとえ実用化の可能性が証明されておらず、使用可能なプロダクトが存在しないとしても、大きな注目を集める段階です。
フェーズ2(「過度な期待」のピーク期)
成功事例が急増し、行動を起こす企業も一部現れますが、多くはありません。とはいえテクノロジは過大評価されがちであり、「過度な期待」のピーク期へと進みます。
フェーズ3(幻滅期)
テストや実装をしても成果が見えず、関心が薄れていきます。テクノロジを生み出した企業が再編されたり、倒産する例も出てきます。イノベーションは「幻滅期」に達します。
フェーズ4(啓発期)
テクノロジが企業にもたらすメリットを示す具体的な事例が増え始め、理解が広まります。第2世代・第3世代のプロダクトが登場し、より多くの企業が試験運用に資金を投入するようになり、テクノロジは啓発期に入ります。
フェーズ5(生産性の安定期)
テクノロジが安定し、広く受け入れられる形へと進化します。生産性の安定期に達するなかで、今後も市場で存続しうるプロバイダーを評価する基準が明確に定義されていきます。
なお、ハイプ曲線(縦軸)の高さは、企業や社会にとっての重要度によって決まります。幅広い企業に訴求するイノベーションほど露出やハイプ(期待度)が高まりやすく、「過度な期待」のピーク期の高さと生産性の安定期での最終的な高さの両方にも影響します。
ハイプ・サイクルは、新しいイノベーションやサービス、管理技法が必然的にたどる「ハイプ」と「幻滅」のパターンを把握するうえで役立ちます。一方、ガートナーの重要度マトリクスは、企業が「ハイプの先」を見据えるための手がかりを提供するものです。
重要度マトリクスは、各ハイプ・サイクルに付随する「分類表」であり、企業や組織がテクノロジへの投資の優先順位を決める際に役立ちます。具体的には、以下の2つの軸に基づいて判断します。
1. テクノロジの潜在的な貢献度
企業のビジネスモデルやプロセス、業界構造に大きな変化をもたらす可能性が高いものから、影響が限定的なものやニッチな用途まで、「革新的」「高」「中」「低」のいずれかに分類します。
2. 主流の採用までに要する期間
2年未満から10年以上まで、複数の区分で示されます。企業や組織は、この表形式の重要度マトリクスを活用することで、次のような取り組みを強化できます。
戦略的な優先順位付け
潜在的な貢献度が最も大きく、かつ主流の採用に近い位置にあるテクノロジに重点投資することで、投資収益率(ROI)を最大化する。
リソース配分
潜在的な影響の大きさと、実際に成果を得るまでに要する期間をもとにテクノロジの優先順位を決定し、財務・人的リソースを効率的に活用する。
ハイプ・サイクルは、企業や組織がイノベーションを採用する際に陥りがちな次の4つの落とし穴を回避するうえで役立ちます。失敗を避けることで、イノベーションを採用する好機をより的確に予測できるようになります。
採用時期が早過ぎる
諦めが早過ぎる
採用時期が遅過ぎる
諦めが遅過ぎる
イノベーションがハイプ・サイクルのピークに達したり、谷(幻滅期)を通過したりする局面では、企業や組織が「今すぐ対策を取らなければ手遅れになる」という切迫感を覚えやすくなります。その結果、潜在的なリスクや価値を十分に理解しないまま「過度な期待」のピーク期にあるイノベーションを採用してしまったり、あるいは有益であるにもかかわらず、幻滅期に落ち込んだという理由だけで見過ごしてしまうことがあります。
イノベーションを「過度な期待」のピーク期だからといって採用すべきではなく、幻滅期だからといって必ずしも放棄すべきでもありません。むしろ、どのイノベーションに潜在的メリットがあるかを見極め、各イノベーション・プロファイルをハイプ・サイクルの初期段階で評価することが重要です。
ハイプ・サイクルを活用すると、イノベーションに対する現実的な期待値を長期的な視点で設定できるようになります。
テクノロジとその成熟度・採用率・ユースケースを評価するための指針として、ハイプ・サイクルがもたらす洞察は以下のように役立ちます。
戦略的プランニングと意思決定
テクノロジへの投資と組織の戦略目標・長期目標を整合させつつ、新しいテクノロジを採用する際に生じうるリスクや課題を予測する。
リソース配分
潜在的なROIが最も高いテクノロジに優先的に投資することで、リソースの効率的な配分を実現する。また、新テクノロジを実装・管理するうえで必要なスキルやトレーニングの計画を立てる。
競争優位性
トレンドを先取りして競争力を維持する。最先端のテクノロジとその応用を常に把握し、組織内にイノベーション文化を根付かせる。
ベンダーとパートナーの評価
先進テクノロジを牽引するベンダーを評価・選定するためのより的確な情報を得る。特定のテクノロジ分野で先駆的な活動を行う企業とのパートナーシップ機会を特定する。
ハイプ・サイクルはテクノロジの「買い手」にとってだけでなく、テクノロジやソリューションの「提供側(プロバイダー)」にも有益です。新しいテクノロジやトレンドを次々に追跡し、自社のプロダクト戦略に反映させるうえで重要な手がかりを与えてくれます。
変動の激しい市場環境で顧客セグメントを改善しようとするプロダクト・マネージャーは、買い手がイノベーションをどのように評価し、そのメリットをどのように捉え、どの程度採用準備が整っているのかを理解する必要があります。
また、プロダクトにどのイノベーションをどのタイミングで追加するかは、プロダクト管理における最も難しい意思決定の一つです。顧客のニーズや競合状況、市場の動向を踏まえ、トレードオフを常に検討しなければならないからです。
ハイプ・サイクルの各フェーズを検討材料として活用することで、「自社プロダクト戦略を調整し、ハイプ・サイクルで示されるイノベーションのポジションに対して自社の提供価値をマッピングする」という形で複数年のロードマップを計画できます。これにより、顧客のリスク許容度とビジネスへのインパクトをより正確に評価できるようになります。
さまざまなセグメントのイノベーションを対象として、年間130以上のハイプ・サイクルを発表しています。
業界によって異なる場合があります。ガートナーは業種別や地域別のハイプ・サイクルを発行しており、同じイノベーションでもユースケース次第で位置付けが変わることがあります。
一部のイノベーションでは、特定の地域や業種内で採用が進んでいる(あるいは遅れている)例が見られますが、多くの場合、そうした違いは当該イノベーションに特有の要因に由来します。
たとえば、多くの新興国では予算面の制約からイノベーションの採用が遅れる可能性があります。逆に、長年大規模投資を行ってこなかった結果、レガシー・システムへの縛りが少ない国が極めて早期にイノベーションを取り入れ、先進国を飛び越えるケースもありえます。
マジック・クアドラントは主に「プロバイダー(ベンダー)」の評価に焦点があるのに対し、ハイプ・サイクルは「ユーザーや購入者のエクスペリエンス」に重点を置いています。
一部のイノベーションについては、関連するマジック・クアドラントが存在し、そのマーケットプレイスに関する詳細な分析が提供されます。顧客企業は、投資検討中のベンダーを理解する最初のステップとしてマジック・クアドラントを参照することが多いです。マジック・クアドラントでは、市場におけるベンダーを4つのタイプ(リーダー、概念先行型、特定市場指向型、チャレンジャー)に分類し、その競争上の位置付けをグラフィカルに示しています。
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