現代はAIやデジタル技術が急速に進展する時代であり、サイバー攻撃や内部不正の脅威、AI、サプライチェーン、サイバー・フィジカル・システム(CPS)といった多様な影響が拡大し続けているため、従来のセキュリティ対策だけでは不十分になっています。このような状況から、ガートナーでは「2028年までに、新たなサイバーレジリエンス戦略を持たない組織の90%以上は、その存続が危うくなる」という仮説を立てています*1。
*1 「2025年の展望:サイバーレジリエンスの未来と生存戦略」の戦略的プランニングの仮説事項より
以下に、サイバーレジリエンスが重要とされている理由を取り上げます。
増大する経営者の責任: 経営者自身がリスク管理とセキュリティへの取り組みをステークホルダーに説明する必要性が高まっています。明確な戦略がないまま場当たり的な対応を続けると、企業としての責任を問われる可能性があります。サイバーセキュリティに関する経営層の意識の高まりに対し、サイバーセキュリティを担うリーダーは、プロアクティブでレジリエントなアプローチを必要とします。
分散型ガバナンスと複雑な意思決定:クラウド、AI、データ/アナリティクス、サイバー・フィジカル・システム(CPS) および規制に関連するリスクの高度化と複雑化により、中央集権的なセキュリティ・ガバナンスは不十分になりつつあります。
進化するデジタル・ワークプレースのセキュリティ確保の課題: 新しい働き方の普及、人々と情報の分散、アプリケーションの多様化により、データはローカル環境とクラウド環境の両方に散在しています。生成AIの活用が進みデータの移動が増加することで、情報漏洩のリスクが高まっています。サイバーレジリエンスには、侵害の防止だけでなく、そのような動的な環境における迅速な復旧と事業継続の確保が含まれます。
セキュリティ・オペレーションの進化: 従来のセキュリティ意識向上プログラムは形式的で画一的なものが多くありましたが、昨今では従業員一人ひとりがセキュリティの当事者意識を持ち、自ら進んで行動できるようなセキュリティ文化の醸成を目指す内容へと発展しています。ゼロトラストやセキュア・アクセス・サービス・エッジ (SASE)といった概念に沿った動きは、企業や組織のネットワーク・セキュリティの強化につながっています。ただし、部分的な最適化にとどまるケースや、統合的な製品のログへの対処、運用対応、円安によるサービス費用の上昇などの課題もあります。
最新のインシデント対応手順の維持の困難性: 攻撃手法は常に進化しており、企業や組織がインシデント対応マニュアルを最新の状態に保つことは困難です。インシデント対応の準備が、事業継続計画(BCP)や危機管理を含む組織的な議論として再評価されていることは、サイバーレジリエンスが単なるITセキュリティを超えた重要性を持つことを示しています。
外部公開アプリケーションに対する攻撃への対応: 外部公開Webアプリケーションは、パブリック・クラウド (IaaS/PaaS) で構築されることが多くなっており、企業や組織はマルチ・プラットフォームのセキュリティ課題に直面しています。クラウド・ネイティブ・アプリケーション保護プラットフォーム(CNAPP)やクラウドWebアプリケーション/API保護(WAAP)への注目は、クラウド環境におけるレジリエンスの必要性を反映しています。
マルウェア/標的型攻撃への対応: AIを悪用した脅威は拡大しており、ディープ・フェイク、AI音声詐欺、フィッシング、偽情報生成、マルウェアの自動作成などが巧妙化しています。攻撃を受ける可能性のある脅威エクスポージャが増加し、アタック・サーフェス・マネジメント(ASM)へのニーズが高まっていることが、適応力のあるレジリエントなセキュリティ体制の重要性が強まっている理由となっています。
内部脅威への対応: 退職予定者による内部不正に加え、「兼務」や「出向」といった日本独特の人事施策が、内部不正対策の原則を超える可能性があり、新たな対策分野として注目されています。AIを活用した内部脅威の検知への期待が高まっていますが、認証、権限管理、データ保護といった基本的なセキュリティ対策が十分でない場合、そのようなツールを導入しても内部不正の検知は困難となります。
法規制、サードパーティ/サプライチェーンのリスクへの対応: IT/デジタル、AI、サイバーセキュリティ関連の法規制制定の動きが世界で進んでおり、「どの部門がリードすべきか」「どのように関与すべきか」に関する戸惑いが企業で見られます。EUのNIS2指令やAI Act (AI法)、米国のSECの開示規則など、世界的に法規制の動きが活発化する中で、日本は必ずしもこれらのトレンドの最先端とは言えず、日本の常識のみで判断することはビジネス上のリスクを高める状況になっています。
参考:Gartner、世界で進行するAI規制を踏まえ、日本企業への提言を発表(2024年4月25日)
クラウドリスクへの対応: マルチクラウドの利用が進み、セキュリティ構成の評価と対応が困難になっています。各事業部門が主導してクラウドの利用を開始する例も増えており、そのようなクラウドにはAIが組み込まれていることも多くなっています。中央集権的なコントロールだけでは限界を感じる組織が増えており、連邦型のガバナンスやセキュリティ・チャンピオン*2 の議論が求められています。SaaSのセキュリティを事業部門側で評価、設定、運用するための能力も不可欠です。
*2 詳しくは、「2. 連邦型セキュリティガバナンスの採用とセキュリティ・チャンピオンの任命」の項目を参照ください。
サイバー・フィジカル・システム (CPS) のリスクへの対応: サイバー空間とフィジカル空間の融合は、社会問題解決の手段として位置づけられていますが、これらの環境でのセキュリティ侵害は、社会インフラの混乱を招く可能性があります。CPSセキュリティは新しい領域であり、ITとOTの両方の知識が必要であり、人材の確保が難しい状況です。IT/セキュリティ部門と事業部門が連携して組織的に取り組む体制を構築することが急務となっています。
データ/アナリティクスのリスクへの対応: AIや生成AIの活用により、企業内のあらゆる場所でさまざまなデータが使われるようになり、情報漏洩のリスクが高まっています。AIや生成AIで活用するためにデータを集約した途端に暗号化やアクセス権の設定が外れ、データが保護されない状態で使われるケースも見られます。セキュリティ・リーダーとデータ活用推進/管理の責任者とのこれまで以上の連携が求められています。
AIリスクへの対応: パブリックな生成AIアプリケーションの利用や、AIが組み込まれたSaaSの利用、プライベートな生成AIアプリケーションの構築と運用が増えるにつれて、アタックサーフェスも拡大しています。AIエージェントの登場は、新たなリスクとセキュリティの脅威をもたらすため、多くの組織にとって注意が必要な状況になると見られます。AIガバナンスやAI TRiSM (AIのトラスト/リスク/セキュリティ‧マネジメント)の取り組みが重要になりますが、日本では全体として未成熟な状況にあります。