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SAMPLE RESEARCH

サンプル・リサーチ

Maverick*リサーチ:人間の未来:デジタル、化学薬品、機械によって機能強化された従業員への対応を想定せよ

インフラストラクチャ (INF)/INF-13-56
Research Note
J. Fenn
掲載日:2013年10月1日/発行日:2013年5月31日

本リサーチ分析レポートのテーマに関心をお持ちの方は、2013年10月15日(火)〜17日(木)に開催する 「Gartner Symposium/ITxpo 2013」 のページを是非ご覧ください。(イベント終了後も開催実績としてご覧いただけます)

 

従業員に対して個人所有物の職場への持ち込みを認める各種プログラムに、不可視のデジタル・ヒューマン・オーグメンテーション、電気的に脳を刺激する装置、筋力を強化するエクソスケルトン装置、各種インプラントが加わる日が来ることを想定し、準備すべきである。

要約

主要な所見

    ● 認知能力をひそかに (目に見えることさえなく) 補助・強化するテクノロジにより、ヒューマン・オーグメンテーションの可能性が新たなレベルに到達しつつある。

    ● 強化対象には、記憶と知識、感覚認知、認知能力 (集中力と学習速度など) に加え、身体能力 (体力、耐久力、治癒力など) も含まれる。

    ● 従業員の安全性、生産性、意思決定支援、従業員満足度の向上などの機会が生まれる。ただし、どの強化機能を従業員に認め、義務付け、もしくは禁止するのかといった問題が数多く発生する。


推奨事項
基幹スタッフの精神面または肉体面の能力が10%向上することによって、具体的かつ目に見える変化が自社の業績に生じる可能性はあるか。

    ● 回答が「ある」の場合は、瞬時の情報アクセス、感覚強化または身体機能補助を適宜実現するモバイル・テクノロジとウェアラブル・テクノロジを通じて個人のパフォーマンスを強化するイニシアティブに着手する。

    ● 個人のパフォーマンスに対する依存度が低い企業は、行動科学と神経科学から新たに得られた知見を環境、最適チーム編成、集団力学、作業割り当てに適用することによって、集団のパフォーマンスの評価と強化を実現するテクノロジと対応能力に注目する。

目次
    戦略的プランニングの仮説事項


分析
     *Maverickリサーチについて
     「通常の」パフォーマンス・レベルの回復から、超人的パフォーマンスの達成へ
     記憶と知識の強化
     感覚認知の強化
     認知能力の強化
     健康状態の強化と長寿命
     脳の再プログラミング
     ビジネスへの影響
     問題と課題
      アクション・プラン

    推奨リサーチ
表目次
    表1 強化の各レベル


戦略的プランニングの仮説事項
2022年までに、ホワイトカラー・ワーカーの10%は、不可視のデジタル強化テクノロジを利用して自身の競争力の強化に投資するようになる。


分析

*Maverickリサーチについて
本「Maverick」リサーチは、斬新な知見を披露することを目的としている。Maverickリサーチは、ガートナーでの慣例である広範なコンセンサス形成プロセスの制約を経ずに、ガートナーのリサーチ・インキュベーターが発案した画期的/革新的 (イノベイティブ)/破壊的なアイデアを提示する。2013年には、10種類以上のMaverickリサーチ・シリーズをリリースする予定であり、いずれも最大限の価値とインパクトを与えるよう考案されたものである。ガートナーでは、各リサーチ・シリーズによる探究を通して、顧客がメインストリームの一歩先を行き、自社のIT戦略と組織に影響し得るトレンドと知見を活用できるよう支援する (備考1および2参照)。

基幹スタッフの精神面または肉体面の能力が10%向上することによって、具体的かつ目に見える変化が自社の業績に生じる可能性はあるか。

以下のシナリオを思い描いてほしい。
    ● あなたは、どうしてもこの売り込みを成功させたいと考えている。そうすれば、ノルマを超えて、会社がバルバドスで開催する「優秀社員表彰」パーティに参加する資格を獲得できる。眼鏡式のダッシュボードを見ると、目の前にいる3人の意思決定者のうち、疑念を解消できずにまだ不安そうにしているのは1人だけである。これは、リアルタイム・ビデオ・データを利用して体の動きと顔面の血流をダッシュボードで分析した結果から分かる。あなたは休憩を提案し、問題の意思決定者と交わした主な会話内容を急いで振り返る。意思決定者に「お嬢さんのバレーボール・チームの調子はどうですか」と尋ねると、それに答える意思決定者がリラックスし始めたのが見て取れる...

    ● あなたは、はっとしてBernieを見つめる。自分のチームがエンジン全開で活躍していたことは承知している。実際、すべての期限を守り、プロジェクト成果に関するあらゆる評価基準を超えていたが、あなたはそれを自分の素晴らしいリーダーシップの賜物だと思っていた。ところがBernieは「仕事中にしか使っていないので、Concentrallの代金を必要経費として処理できますか」とあなたに質問している。あなたは、10代のわが子に対して「パフォーマンス強化剤は合法的な薬物ではあるが、FDA (食品医薬品局) が承認した治療用途以外に使用してはいけない」と説教したばかりである。そして今、Bernieの質問を通して、チーム内のほぼ全員がほとんど常に強化剤を使用していることに気付いた。それを機に、「インプラントのiMathを導入していなかったために不採用になった」と主張する保険数理士が起こした訴訟をめぐる騒動を思い出す。あなたは、Bernieには「あとで返事する」と答え、人事部に向かう。

    ● 車の衝突事故は、見かけよりは軽いものであった。車内に閉じ込められているドライバーを救出するために、同僚が腕にストラップで装着したハイパワー外付けアームを操作し、事故の衝撃で変形したドアを割って開けようとしている。もう1台の車からは漏れたガソリンの臭いがわずかに漂ってくるが、それ以外に目につくリスク要因はない。同僚が突然あなたの方を見る。あなたの耳に、爆発物の存在を示す発信音が、かすかだがはっきりと聞こえる。あなたは同僚からの送信信号に応じ、自分のセンサで音源を特定できる位置まで車に接近する。車に近づくにつれて、発信音が大きくなる...
自社はデジタル、化学薬品、機械によって機能強化された従業員への対応を想定しているか。

「通常の」パフォーマンス・レベルの回復から、超人的パフォーマンスの達成へ
2012年、南アフリカのオスカー・ピストリウス選手は、オリンピックとパラリンピックのトラック競技に参加した初の下肢切断者となった。ブレード状の義足が有利になるのではと他の走者が懸念したために、2008年の北京オリンピックでは参加資格を得られなかったピストリウス選手は、ロンドン・オリンピックの400メートル準決勝に進出したことを「衝撃的」と表現している。予選後には「今夜この観客の前でこうしていられるとは、夢にも思わなかった」と述べた。

人間の傷ついた能力を治療したり、失われた能力を回復したりするテクノロジによって、疾病や傷害により機能を失った多くの人が、夢を実現することができるようになっている。しかし、テクノロジで通常の人間の能力を回復する以上のことが実現するとしたら、何が起きるか。ピストリウス選手の出場に反対した人たちが恐れていたように、テクノロジが超人的な能力を人に与えるとしたら、どうなるか。人間のパフォーマンスの強化ペースは、1世紀にわたってトレーニングと栄養補給に注力してきた後、過去数年間に急低下しているため (Wired『One One-Hundredth of a Second Faster: Building Better Olympic Athletes』[2012年6月] 参照)、アスリート、コーチ、観客はパフォーマンスをさらに劇的に改善する手段を探し始める可能性がある。20年以内には、アスリートがどのような機械的/デジタル的/科学的強化手段を利用して身体を強化してもよい、飛び入り自由の「強化オリンピック」というオリンピック関連イベントを目にすることになるのであろうか。

人間は、長年にわたり、多様化の一途をたどる物理的な道具、社会的な手段、認知ツールを利用して自らの能力を強化してきた。祖先たちが夜間に利用した火明かりから、熱を「可視化」する赤外線ゴーグルへ、自衛のための社会集団から、極めて複雑な都市とグローバル経済へ、さらには薬草療法からペースメーカへと、環境を変化させ、到達範囲を拡大し、身体を改造して生来の能力を強化してきた (表1参照)

表1 強化の各レベル
出典:ガートナー (2012年9月)

運動競技は要求が厳しいため、スポーツ業界は人間のパフォーマンスの最大化をめぐる知見と問題の最先端にある。ただしこれまでは、安全性と公平性に資するべく、アスリートによるパフォーマンス強化方法を厳格な規制で制限してきた。しかし競技場を一歩出れば、そうしたガイドラインは存在しない。科学的探究の極端な例を挙げると、米国の国防高等研究計画局 (DARPA) によるプロジェクトでは、人間の代謝の仕組みを変更して、兵士に与える睡眠時間と食料を最小限に絞りながらパフォーマンスを最高レベルに引き上げる方法、治療を大幅にスピードアップする方法、コンピュータがコントロールする装置に脳を直接つなぐ方法を研究している。Lockheed Martin、Raytheon-Sarcos、Cyberdyne、Ekso Bionicsをはじめとする複数のベンダーが、兵士の筋力と耐久力を強化するロボット型のエクソスケルトン (パワード・スーツ) を開発している (映画『エイリアン2』のシガニー・ウィーバー演じる女性宇宙飛行士を思い起こされたい)。人気のコミックに登場するヒーローが備えているような「超人的能力」の多くは、研究所では既に実現している (備考3参照)。

メインストリームに話を戻すと、身体を飾る目的で日常的にピアス、入れ墨、焼き印を施す人々が存在する一方で、サブカルチャーの一種であるボディ・モディフィケーション (身体改造) の愛好家は外耳をエルフの耳の形に整形したり、皮下インプラントにより角を生やしたりしている。美容外科のグローバル市場は400億ドル規模であり、拡大を続けている。

筋力と肉体の装飾美を超える次の機能強化の最前線は、メンタル・オーグメンテーション (精神面の強化) である。ナレッジ・ワーカーの多くは、わずか数秒でGoogleにアクセスしたり、同僚と連絡したりすることができるBluetoothヘッドホンと携帯電話によって、既にサイボーグ化していると見なすこともできる。サイボーグ人類学者のAmber Case氏は、2010年にTED (Technology Entertainment Design) に公開した動画で、「数千年間にわたり、道具の用途は自己の肉体を改造することであった。しかし現在われわれが目にしているものは、自己の肉体の拡張ではなく、自己の精神の拡張である」と述べている。

メンタル・オーグメンテーションの次の波を生む推進要因は、主に2つ存在する。
    1. デジタル・アクセスの即時性:特に知覚の強化に関して、現行テクノロジと新興テクノロジを通して実現される。ウェアラブル・コンピュータのパイオニアであるThad Starner氏によれば、2秒未満で情報にアクセスできる状態になると人と情報の関係が変化する (「Fellows Interview: Thad Starner, Wearable Computing Pioneer」参照)。瞬時アクセスが実現すると、ツールとテクノロジを具体的なモノとして認識する感覚が強まり、それらに対する心理的依存度も高まる。

    2. 神経科学から新たに得られた知見の応用:その目的は、生物学的な観点から行動とパフォーマンスの理由を理解することと、脳と肉体を直接的に分析/操作することでトレーニング、学習、進化の近道を利用することにある。オリンピックに出場するアスリートがモーション・キャプチャとハイスピード・カメラを利用して身体の動きをマイクロ秒単位で分析するように、機能的磁気共鳴断層撮影法 (fMRI) などのテクノロジを利用することにより、脳の活動と認知能力を関連付けることができる。
メンタル面の強化ターゲットには、記憶と知識、感覚認知、認知能力に加え、加齢によるメンタル面と肉体面の衰えを食い止めるアンチエイジングなどがある。

記憶と知識の強化
人間の脳は補助なしでも驚くべき離れ業をやってのけるが、作業記憶や正確な回想などについては間違いが多く、直接利用可能な情報によって制約を受ける。人間は、事実関係の調査、移動ルートの判断、行事や電話番号の記憶をはじめとする多くの作業を、既にコンピュータや携帯電話に任せている。人の記憶は思い出すたびに再生されるのではなく、再構成されることが研究結果から判明しておいる。したがって、どれほど自信に満ちた目撃者であっても、その証言内容は疑ってかかるべきである。記憶内容は、その時点で注目していたものに左右される。たとえ知覚中であっても、脳は選択的に現実の像をほぼリアルタイムに構成している。例えば、目は中枢神経系に画像を送出しているのではなく、コントラストの変化を示す信号を送出しているだけである。視覚野が、下位のデータ・ストリーム (単純な輪郭や交差する輪郭など) からパターンを階層的に鮮明化する (顔と木を区別するなど)。脳内にカメラはないため、記憶強化に関する重要な役割は、普及する一方のビデオ・カメラが担うことになる (昆虫ほどのサイズの無人偵察機がまもなく実用化される)。

「Maverick* Research: Judgment Day, or Why We Should Let Machines Automate Decision Making」で、Nigel Raynorは臨床診断、顧客の収益性、従業員の採用、収穫物の品質などをはじめとして、機械が人間よりも正確に予測できる分野を多数列挙している。ただし、知的活動の大半 (チェスなど) で最高レベルのパフォーマンスを発揮するのは、人間でもコンピュータでもなく、両者の組み合わせである。映画『ターミネーター』のように人間が機械に征服されるのではないかと心配している人にために言えば (心配していない人のためにも)、最も有望な未来は、消費者と企業がパターン認識能力と意思決定能力を増強できるよう、ビッグ・データ、ソーシャル・ネットワーク、スマート・アルゴリズムのパワーを利用することによって、人間と機械の優れた点の組み合わせを維持することである。

人間とマシンの組み合わせによる認知強化は、3段階で進行する。
    ステージ1:時間と場所を問わず、個人が持つ知識や人類全体に存在する知識にアクセスできるようになる。これは、今日のモバイル・テクノロジで実現している能力であり、パーソナル・アシスタント (Siri、Nina、Watson) によって洗練度が高まっている。パーソナル・アシスタントは、質問に対する回答を提示するWebサイトやアプリケーションをユーザーに提示するのではなく、実際に質問に回答する。今後、さらに進化すると、さらに複雑な情報 (医療や法務に関するものなど) にアクセスし、推論や判断を要する質問にも回答できるようになることが予想される。

    ステージ2:会話を中断することなく、個人が持つ知識や人類全体の知識にアクセスできるようになる。拡張現実 (AR) とコンテキスト対応型インタフェースの初期の機能は、ジェスチャなどの非侵襲型インタフェースでコントロールする形で、コンテキスト関連情報 (「この人の名前は何でしたっけ」) をヘッドアップ・ディスプレイ (HUD) にスーパーインポーズ形式で表示し、モバイル・デバイスや投影映像から音声を環境自体に流し込んだ場合に、何が実現するかを示すものである。

    ステージ3:要求しなくても、個人が持つ知識や人類全体の知識にアクセスできるようになる。人が注目する対象は無数に存在する可能性があるため、コンテキスト対応型アプリケーションの初期の数世代は、任意の時空間においてユーザーにとって最も重要な情報を判断する精度はさほど高いものにはならない。本物のコンテキスト対応型コンピューティングを実現するには、視線追跡、情緒反応、リアルタイム音声分析のほか、長期的にはおそらく脳内信号の直接検出といった別の手掛かりが必要になる。
感覚認知の強化
感覚認知は、眼鏡、コンタクト・レンズ、レーザー手術、補聴器、人工内耳などのテクノロジの利用を通して、損傷した感覚器官の情報処理を正常レベルに復元することが、かなり以前から可能になっている分野である。次のフロンティアは、感覚を強化と転移という2つの新たな方向に導くものである。

視覚の強化は、目が通常は検知しない追加情報を視覚野に届けるテクノロジを利用することによって実現する。これには、先述したタイプのARディスプレイが含まれる。このディスプレイを装着すると、保存情報のオーバーレイを利用する赤外線「X線視野」を利用して暗視能力 (建物内やエンジン・パネルの裏の図面を表示するなど) を実現できる可能性がある。また、後頭部にカメラを埋め込むと、「第3の目」が実現する可能性もある ( http://wafaabilal.com/thirdi/ )。脳は絶えず新たな神経経路を作り続けることができるため、入ってくる視覚情報が大きく変化しても、素早く順応してそれを利用できる。例えば、上下が逆さに見える眼鏡を掛けた場合、数日後には脳がその情報を再解釈するため、正立して見えるようになる。

感覚転移は、人間が備えていない感覚能力が新たに発達すると言ってよいほど、通常とは異なる器官で感覚入力を認識できるようになる。例えばオスナブリュック大学 (ドイツ) のPeter Konig教授のチームが開発したfeelSpaceベルトは、稀土類磁石を利用して磁北を検知し、装着者が振動触覚刺激を通して空間内の向きを感じ取ることを可能にした。やがて、利用者は自宅やオフィスといった生活上の重要な通過点の位置を、バックグラウンドで継続的に知覚できるようになったと報告している。稀土類磁石を体内に埋め込んだ人によると、電線が通電しているか否かを感じ取ることができるため、職種によっては極めて有益な感覚となる可能性がある。

感覚転移の例には、以下のものもある。
    ● 3歳で失明したBen Underwood氏は、反響定位感覚を発達させたことによって介助なしで歩き回ったり、自転車に乗ったり、バスケットボールをプレーしたりすることができた。これは完全に自然な現象であり (Underwood氏自ら、音波を発生するクリック音を開発した)、人間の脳の柔軟性と順応性を示す格好の例である。

    ● Neil Harbisson氏は、生まれつき色覚障害を持っているが、カスタム・テクノロジを利用して色を耳で聞き分け、通常は人間の目に見えない色も認識できる。

    ● 2011年1月29日、Mark Riccobono氏はデイトナ・インターナショナル・スピードウェイでレーシング・カーを合法的に運転できる初の視覚障害者となった。これは、カメラから入力した情報を触覚に変換するテクノロジを利用したものである。
認知能力の強化
「生まれて初めて、頭の中の雑音がすべて止んだ...頭がさえて、本来の自分に戻った気分がする。感覚が鋭敏になった。心が穏やかになった。恐怖も疑念もない。それ以降は、どんな問題が起きても解決できるような気がして、問題が起きるのをひたすら待っていた」

これは、ジャーナリストのSally Adee氏が経頭蓋直流刺激 (tDCS) を経験した後に発したコメントである。tDCSは、脳の特定部位を電気で刺激してトレーニングや学習をスピードアップする手法である。その効果は瞬時に現れ、見事なものであり、Adee氏によれば病みつきになる。

知識労働の比率が拡大する一方の競争社会には、認知能力の向上に向けた強力な動機が存在する。専門職の間では、既に薬物の組織的な利用と濫用の例が複数確認されている。作家がスランプに苦しんだ末にメタンフェタミンやアルコールに手を出すことにとどまらず、金融機関の幹部やトレーダーも攻撃的な性向を強めるためにテストステロン治療を受け (Financial Times『Keep Taking the Testosterone』参照)、科学者も集中力を高めるためにリタリンなどの注意欠陥多動障害 (ADHD) の治療薬や、プロビジルといった睡眠障害治療薬を利用している (2008年4月にNature誌が実施した調査の結果である『Poll Results: Look who's doping』を参照)。

fMRIなどの手法を利用して人間の脳が感覚/感情/化学/電気刺激に反応する仕組みをさらに正確に理解することにより、認知強化という分野が成熟し、新たな知見と手法が生まれている。例えば、最近の研究によると、これまで言われてきた性格の特徴 (内向的、外向的など) は脳のさまざまな活動に現れ、カフェインやアルコールなどの刺激物への反応も性格によってさまざまに異なる (Bernado J. Carducci著『The Psychology of Personality: Viewpoints, Research, and Applications』参照)。人が刺激に反応する仕組みを数十年にわたって行動上の視点から分析した結果から得られた、脳の活動に関する知見が早期から利用されている分野としては、マーケティングが挙げられる (「黄色は購入意欲を高める」)。企業は、人格心理学、脳科学、人々が公私を問わず残すデジタル・トレイルを利用した大規模データ・アナリティクスの組み合わせを通して、マーケティングの場合と同様の原則を従業員に適用し、パフォーマンスの向上に向けて職務割り当ての最適化、チーム力学、リーダー選定に、さらに科学的に取り組むことができる。

他の研究領域では、脳を目標に直結してユーザー・インタフェース (UI) を介した作業を回避することで、メンタル面の力の及ぶ範囲の拡大を目指している。初期段階の研究は、身体に障害がある人 (特に身体が反応しない人) を支援すべく、外部機器によるコミュニケーションとコントロールを実現することに注力している。「脳をコントロールする」ゲーム (OCZ Technology Groupのもの、Emotiv、NeuroSkyなど) に採用されている消費者向けシステムでは、ユーザーが意識的に特定の脳波パターン (生体フィードバック手法に類似したもの) を生成する必要がある。さらに高度なアプローチでは、自然に発生する脳波パターンを検出して、それらを文字、画像、アクションに対応付ける。脳波パターンを検出する最も有効な手法は、体内に埋め込んだ電極や高価な脳内スキャナの利用であり、用途を拡大するには侵襲性の低いテクノロジや、可搬性の高いテクノロジが必要になる。

将来的には、類似した手法を利用して脳が事実確認や記憶呼び出しを必要としていることを自動検知できるようになる可能性がある。これが実用化すると、外部ソースの「Google検索」を統合することで、シームレスな記憶強化が実現する。生きている神経終末を補装具 (義肢や義手などの人工装具) に接続し、補装具が脳の信号に反応するようにする研究も続けられており、成功例も増加している。これに関連して、ターゲットを絞り込んで脳を刺激する研究も進んでいるため、将来的には特定の感情、記憶、感覚を引き起こすことができるようになる可能性がある (マインド・コントロールを警戒する陰謀論者は注意されたい)。

健康状態の強化と長寿命
ヒューマン・オーグメンテーションへの大きな動機付けと資金源として、生活の質を改善したい高齢者が登場する。モバイル・ロボットやパワード・スーツからのスピンオフが、直立歩行支援マシン (Ekso Bionicsのストラップ装着式eLegsや、本田技研工業がAsimoから派生させて開発したサドル・マウント型義肢など) という形で登場し、歩行時にふらつく人、下半身の筋力が落ちている人、さらには脚が完全にマヒしている人を補助している。身に付けたカメラで動画を常時ストリーミングするライフ・ログ・システムは、当初、アルツハイマー病の患者を対象にしていたが、自分の人生における出来事を定期的に記録したいと考える人の間でも人気が高まっている。

Quantified Selfムーブメントのメンバーは、低コストの消費者向け監視テクノロジや、自ら開発した監視テクノロジを利用して取得できる、さまざまなバイタル・サイン (生命徴候) の記録と分析を行い、それらに応じた行動を取るヒントとテクノロジを共有している。この種の集団監視活動は、事後に治療するアプローチではなく、予測/予防アプローチに提供するデータを取得するアプローチによって、医療を変革する結果をもたらす可能性がある。また、特定の目的のための「治験」型情報が、ライフスタイル面の行動と結果を巨大な規模でマッチングする。

採用規模が拡大すると、偶然の発見 (ボトックスを美容療法に利用すると不安や鬱状態が軽減するなど) の可能性も高まる。ボトックスの例では、実際には顔の表情が感情に先立って表れるため、「顔をしかめる」主な筋肉を緩めて顔面のしわを取ると、それらの筋肉を動かす負の感情を抱きにくくなる。

望みのライフスタイル変化を実現し維持する活動 (ダイエット、運動、禁酒/禁煙など) を支援する方法は、それ自体が重要な研究分野であり、機会でもある。ここでも、人が習慣を身に付けたり、止めたり、選択したりする仕組みを突き止める際に神経科学が役立ち、さまざまな強化アプローチが適切な影響と支援をもたらす。テクノロジが、強化の3レベルのすべてをサポートする。具体的には、環境内の合図、スマート・オブジェクト、スマート・プレースが目標とする行動を促し、ウェアラブル・ツールがコンテキストに応じてリマインダとインセンティブを提示し、肉体と脳の化学反応を直接操作する。将来の可能性としては、人体の反応系の「配線を変更」することで、短期的には魅力的であるが長期的には不健康であったり有害であったりする選択肢を前にしたときに、人工的に生成した感覚刺激や脳内刺激を通じて直ちに不快感を覚えるようにすることも考えられる。

一部の人にとって、人体を強化する最終目標は、不死を実現して永遠の生命を手に入れることである。Ray Kurzweil氏をはじめとする著作者と、「シンギュラリティ」(特異点) や「トランスヒューマニズム」といったムーブメントは、人間の記憶と人格をコンピュータにアップロードして新たな肉体にダウンロードできる日を予見している。このビジョンには、テクノロジ面と医療面の課題ばかりでなく、思想家とSF作家が何十年も前から取り組んでいる多数の哲学的な課題が関係している。

脳の再プログラミング
人間の知能において重要な側面の1つは、経験を通じて学習し、脳の「再プログラミング」を行えることである。人間が自分の経験を利用するレベルは、他の動物のレベルをはるかに超えているため、自分の脳が将来たどる道筋と機能を決定する際のコントロールも、それに応じて高まる。Andy Clark氏は、『Natural-Born Cyborgs』(2004年) で次のように述べている。「人間は、新皮質と前頭前野皮質を持つ上に幼年期の発育期間が長いため、『現代の』環境では基本的な神経ハードウェア自体を、部分的に再設計する機会が生まれている。(中略) 学習により、固定された演算エンジンのナレッジ・ベースばかりでなく、内部の演算アーキテクチャ自体も変更される」。

Clark氏をはじめとする「状況的認知論」の支持者は、「脳の発育の大部分は、肉体の外部にあるツールを脳の延長として組み込む方法の学習によるものである」とまで述べている。例を挙げると、Clark氏は「今、何時か分かりますか」と尋ねられた人が、通常は腕時計で確認する「前に」、「はい」と答える状況を提示している。腕時計は肉体の外部にあるが、どうやら「知識」の延長になっているようである。こうして、脳が環境とツールを利用すべく、自らを再プログラミングするに従い、環境とツールは精神の一部になる。Clark氏の結論は、「世の中がスマート化して人間に対する理解が深まると、世の中と人間の境界線を特定することがますます困難になる」というものである。

ただし、われわれの大半は人間が利用するツールと人体の境界線を明確に感じている。ツールは「肉体の一部」とは感じられない。タッチ操作や自然な身ぶりに反応するテクノロジが人間のコントロール感覚を強化し始めており、ハプティック (触覚) フィードバック (振動や抵抗により触覚を刺激するもの) は、現時点ではゲームやシミュレーションのみに限定されているが、今後は用途が大きく拡大する可能性を秘めている。プロテーゼを体性感覚系 (接触、温度、痛み、固有受容 [体位]) の神経にリンクさせる研究が、人間とツールとの「一体」感の改善に対する影響力を高めるか否かを見守ることは、興味深い作業になる。例えば、義手の感覚を使用者に伝えるテクノロジをバイオリンの弓に応用すると、奏者は弦との摩擦から生じる振動を文字どおり感じ取ることができる。

ビジネスへの影響
次世代ヒューマン・オーグメンテーションの予想されるメリットと関連する課題にまず直面するのは、スポーツ、軍、緊急対応要員、石油探査など、人間のパフォーマンスを極限まで高める必要のある業種や専門家である。航空管制、トレーディング、航空機操縦、外科手術など、ストレスとリスクのレベルが高く、リアルタイム性が要求される職務と役割がそれに続く。こうした厳しい役割を管理する人事部門スタッフ、経営幹部、マネージャーは、該当するスタッフのパフォーマンスを底上げするために安全かつ倫理的に提供できるものについて調査する必要に迫られる。安全性と品質のレベルを維持するために、オーグメンテーションが職務要件になる場合もある。企業内では、スタッフに利用を義務付ける強化機能、利用を任意とする強化機能、禁止する強化機能を切り分ける作業が必要になる。

CIOとテクノロジ・プランナーは、現時点では従来のITの周辺領域に属するものであっても、テクノロジ調査活動の一環としてAR、ウェアラブル・デバイス、高度な意思決定支援システム、モバイル・ロボット、エクソスケルトン装置といったテクノロジが主導する機会を、他の職種に先駆けて探ることになる。ITプロフェッショナルも、情報フィード、意思決定支援、コミュニケーションが関係する認知強化に関与することになる。こうした進化は社内スタッフに関係するが、新たな製品、サービス、顧客体験を生み出す可能性を高める例もある。

10年以内に、人体機能強化の新たな要素 (メインの業務を継続しながら情報にシームレスかつ瞬時にアクセスするなど) が一般的なナレッジ・ワーカーの環境に登場することを、ガートナーは予測している。環境に配慮し、可搬性のあるウェアラブル強化機能の採用ペースは、今後も脳や肉体の侵襲的改造を要するものを大きく上回る。これらのイニシアティブの多くは、個人の生産性やコラボレーションに関する現行のツールとデバイスを自然な形で延長したものになるため、CIOはこれらのイニシアティブで中心的な役割を担う可能性が高い。

インプラントは、今後10年間に実現したとしてもニッチ市場を超えて拡大する可能性は低いが、ITマネージャーはHR部門の協力を得て、個別のデジタル・デバイスや不可視のデジタル・デバイスを利用した強化 (例えばGoogle Glassなど、見かけ上はごく普通の眼鏡に組み込んだもの) をめぐるポリシーを策定する必要に迫られる可能性がある。テクノロジへの依存性は、それなしでは職務を遂行できないほど高まっているが、周囲の者がそもそもテクノロジを利用していることに気付かない状況が実現した場合、個人所有デバイスの持ち込みを認めるBYODポリシーは、どのようなものになるか。スタッフの多く、あるいは大半は既にモバイル・デバイスに対して一定レベルの心理的依存性を感じているため、ITプロフェッショナルはこれらの問題への対処を早急に指揮すべきである。

2022年までに、ホワイトカラー・ワーカーの10%は不可視のデジタル強化テクノロジを利用して、自身の競争力の強化に投資するようになる。

問題と課題
ディストピアSFが好んで描く題材に、テクノロジを「持てる者」と「持たざる者」に二極化した社会がある。娯楽小説 (M.T.アンダーソンの『フィード』やDaniel H. Wilsonの『Amped』など) では、チップを埋め込むことで認知能力を強化した者たちが「持てる者」となった社会を取り上げる筋書きも増加している。人間社会の大半では、これまでテクノロジ面の複雑な意思決定の失敗を通じて、長い目で見るとどうにかバランスを保ってきたが、今後20年間は自分 (や自分の子ども) の肉体と脳の強化や改造を行うべきか否か、行うとすればどの程度かに関する選択が、倫理上の差し迫ったジレンマになる可能性がある。一部の宗教 (イスラム教や正統派ユダヤ教など) は人体の改造そのものを禁じているため、この意思決定によって社会において取り扱いに注意を要する分野がさらに細分化する。

個人の視点から見た問題としては、以下のものが挙げられる。
    ● 規制対象外の消費者向けツール/手法によって実現するものと、そこから発生するリスク (道楽で「美容神経科学」に興じている者がtDCSを利用するなど)

    ● 強化に失敗した場合の責任範囲を規定できる、適切な規制環境の構築

    ● 前例のない方法で、コンテキスト情報配信を通じて個人に正確な影響力を及ぼすことができる企業の能力

    ● 雇用関係法の進化 (ウィスコンシン、ノースダコタ、バージニアをはじめとする米国の一部の州は、雇用主がチップの埋め込みをワーカーに対して要求することを既に禁じている)
アクション・プラン
ヒューマン・オーグメンテーションに関して自社が事前にどの程度対応すべきかを判断するには、以下のように自問する。
    基幹スタッフの精神面、または肉体面の能力が10%向上することによって、自社の業績に重大な変化が生じる可能性はあるか。
回答が「ある」の場合は、1年以内に以下の作業を行う必要がある。
    ● 瞬時の情報アクセス、感覚強化、身体能力の補助を適宜実現するモバイル・テクノロジとウェアラブル・テクノロジを通じて、個人のパフォーマンスを評価し強化する。

    ● 環境、行動科学と神経科学から新たに得られた知見を、最適なチーム編成、集団力学、作業割り当てに適用することによって、グループのパフォーマンスを評価して強化する。
3年以内に以下の作業を行う必要がある。
    ● 職務内容ごとに、必須となる強化機能と許可する強化機能のタイプに関するポリシーを策定する。

    ● 自身を「アップグレード」することを選択した人材を雇用するか否かに関する、倫理上および法務上のジレンマに対処する。

推奨リサーチ
・ 「Hype Cycle for Strategic Business Capabilities, 2012」
・ 「MaverickResearch: Judgment Day, or Why We Should Let Machines Automate Decision Making」
・ 「Innovation Insight: AR Innovations Add Business Value」
・ 「MaverickResearch: How to Rule Your Industry Through the Techniques and Technologies of Influence」

文献
・ Andy Clark著『Natural-Born Cyborgs』および『Supersizing the Mind』
・ Joel Garreau著『Radical Evolution』
・ James Hughes著『Citizen Cyborg』

資料
本リサーチノートで参照した資料には以下のものがある。
・ 『Keep Taking the Testosterone』(Financial Times、2012年2月9日付)
・ 『Poll Results: Look who's doping』( http://www.nature.com/news/2008/080409/full/452674a.html )
・ Mark McClusky著『One One-Hundredth of a Second Faster: Building Better Olympic Athletes』

備考1 「Maverick」の語源
「Maverick」の語源は、所有する牛に持ち主を示す焼き印を押すことを断固として拒んだ米国テキサス州の農場経営者、Samuel Maverick氏である。この語は、世間一般の考え方や行動に反して故意に独自の (多くの場合、破壊的または異端の) 立場を取る人を指す。

備考2 本リサーチによって切り開かれた新たな分野
本リサーチに示す見解は、さまざまな人体強化テクノロジにおける最新の研究と今後の機会をまとめたものである。哲学的な意味に関する議論は他の公表済みの研究論文 (Andy Clarkの『Natural-Born Cyborgs』やJoel Garreauの『Radical Evolution』など) をベースにしているが、人体強化が組織に及ぼす影響に関する独自の知見を付加している。本リサーチは新分野を開拓することを目的としたものであり、この分野の実質的な先行技術は存在しない。

備考3 今すぐ (あるいは、まもなく) 購入できる超能力


飛行能力:JetLev ( http://www.jetlev.com/ ) でジェットパックを借りる。

透視:テレビ電話、HUD、プロジェクタなどを用いたARを利用すると、壁の裏や装置の内部にあるものをデジタル・オーバーレイによる合成画像として見ることができる。プロジェクタを利用すると、その場に画像を重ねて表示できる。

念力:脳波を検出して物理的なデバイスや装置の一部を脳でコントロールする技術を拡張すると、リモート拠点にあるデバイスをコントロールすることも可能になる。

読心術:人がさまざまな画像を見たときのfMRI脳波パターンを認識するようトレーニングされたコンピュータは、脳波パターンを学習済みパターンとマッチングすることにより、人が見ている対象を再構成できる ( http://newscenter.berkeley.edu/2011/09/22/brain-movies )。

ワンタッチで傷が治る能力:DARPA Persistence in Combat研究プログラムの成果によると、「数百万個の微小磁石を生体に注入し、その全部が同じ方向に向かうよう棒状の道具をかざすと、出血を止めることができる」(Joel Garreau著『Radical Evolution』27ページ)。

透明人間:「透明マント」 (光学迷彩) は、人の背後に隠れた部分の画像をカメラで撮影して身体と衣服の前面に投影することにより、透明になったかのように錯覚させる。

永遠の生命:『ポスト・ヒューマン誕生―コンピュータが人類の知性を超えるとき』レイ・カーツワイル著、日本放送出版協会刊 (2007年) を参照。

(監訳:亦賀 忠明)
INF: INF-13-56

※本レポートの無断転載を禁じます。

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